報告書

平成19628

報告者:末廣一美

計画名:電子書籍プロジェクト

テーマ:ユビキタスネットワーク社会における情報受取メディア変換を可能とする電子書籍に関する研究

メンバ:福島、B4末廣(リーダ)、佐藤毅、佐藤祐希、山田、砂田(見学)

              B3木下、高山

 

1. はじめに

今回は音の評価に使われる言葉についての論文について報告する。以下の論文を参考し、我々の行う実験が効率的に行えるようにすることを目的とする。

1)広さ感の客観評価尺度に基づく音場制御手法

2)音の評価に使われることばの分析

3)音色の表現語に階層構造は存在するか

 

2. 報告内容

1)広さ感の客観評価尺度に基づく音場制御手法

太田佳樹,三橋孝,小谷野進司(PioneerR&D

【要旨】

狭い空間における音響再生において,広さ感を制御するための手法を開発した。容積の異なるさまざまな空間から得られたインパルス応答を畳み込んだ音を用いた主観評価実験により広さ感に対応する心理尺度値を求めた。次に,広さ感に関する心理尺度値と対応するインパルス応答の物理的特徴量との関連性の検討をした。心理尺度値が時間周波数軸上でのエネルギー分布の線形結合で表す[8-10]ことができることが分かった。また,この客観尺度に基づく音場制御法を考案し,実音場での適用実験から本手法の有効性を明らかにした。

【まとめ】

 広さ感に関する客観評価尺度に基づく音場制御法を提案した。まず,さまざまな容積の部屋のインパルス応答を準備し,音源に畳み込んだ。これらを用いた主観評価実験により得られた広さ感の心理尺度値と,対応するインパルス応答の関連性を調べた。その結果,心理尺度値と残響に関わる物理量の相関係数が帯域ごとに異なっていることが分かった。

次に,心理尺度値と時間周波数構造の関連について検討を行った。実験に用いたインパルス応答を解析し,時間周波数軸上での離散的エネルギー分布を算出した。この結果と先に求めた心理尺度値との対応関係から,心理尺度値が時間周波数軸上でのエネルギー分布の線形結合で近似的に表現できると結論付けた[8-10]

最後に,上述の実験から求められた広さ感に関する客観尺度を用いた音場制御システムを構築した。試聴結果では,音質をほとんど損ねることのない自然な効果が得られた。

本システムでは,各チャンネルあたり一つのスピーカを配し,制御専用の余計なスピーカを必要としない。そのため,従来の2 チャンネルステレオへの適用だけではなく,マルチチャンネルシステムへの展開も容易である。

【参考】


インパルス応答を解析し,時間周波数軸上での離散的エネルギー分布を算出した。この結果と先に求めた心理尺度値との対応関係から,心理尺度値が時間周波数軸上でのエネルギー分布の線形結合で近似的に表現できる。

 

 

[1]インパルス応答:1個のパルスをデジタル信号処理システムΦ[ ]に入力したときの出力。

 

 

2)音の評価に使われることばの分析

              曽根敏夫、域戸健一、西村忠元(東北大学工学部電気工学科)

【要旨】

 音質ということばを音色と同義に使う場合には、音の特質を指し、音質が良いとか悪いとかいう場合には漠然と良し悪しの質を指す。音質評価にはこの両者が必要であって、音をいかなる面でとらえ、それをどのように評価するかが問題となる。

 我々は、ホールの音響状態や再生音を評価する場合に、“暖かさ”、“明瞭さ”、“柔らかさ”などの表現を使ってきている。しかし、いちいち沢山の表現について評価するのは煩わしく、またそれで十分かどうかの各章もない。更に、経験的にも、物理的要素の数からいっても、それらは幾つかのグループに整理され得ると考えられたので、最初、主として室内音響の立場からこれらのことばを検討してみた。実験の結果、それらは四つのグループに整理されたが、次に、スピーカの周波数特性の、しかも一部分だけという狭い条件変化で同様の実験を行い、ほぼ矛盾のないことがわかった。

【実験】

1)室内音響的立場での実験

2)スピーカを対象とした実験

【まとめ】

  以上、別の立場から二つの実験を行い、前の実験では美的・叙情的因子(第T因子)量的・空間的因子(第U因子)明るさ因子(第V因子)柔らかさ因子(第W因子)の四つの因子を得た。音の実験はスピーカの、しかも最低共振だけという狭い変化範囲でおこなったため、全部のことばについて十分な分散はとれず、前ほどの因子の分離はできなかった。しかし、グループとしての因子間の関係は、物理的変量の選び方によって変わっても差し支えないと思うので、音質評価には、前に出た四つの因子を考えればよかろう

 再生音質の評価について大阪大学の北村氏らの同様な実験が報告されており、それによると、四つの因子が抽出され、第T因子は“金属性の”、“キンキンした”など音の金属性・かん高さを示す因子であり、これはこの論文の、音の高さに関する第V因子に対応する。第U因子は、“美しい”、“好ましい”など、音の美しさを示す美的因子で、本文の第T因子である。第V因子は、“迫力のある”、“力強い”などの力動因子であり、本文の第U因子に相当する。第W因子は柔らかさを示す因子であり、本文の第W因子にあたる。

 我々の実験と北村氏らの実験とが独立に行われたにも関わらず、同じような結果がでたことは、因子の普遍性を示すものと考えられよう。しかし、同じ因子グループに属するからといってそれらが同一のものであるわけではなく、多くの共通性をもつにしても、異なったものであることに注意しなければならない。音質評価をする場合に、何を物理的変量にとるかによって、聴取者に与える主観的印象は異なるから、場合場合によって各因子グループの中から最も適当なものをいくつか選び、それらについて評価すべきである

【参考】


・美的・叙情的因子(第T因子)

繊細な、澄んだ、潤いがある、優雅、

美しい、快い、まとまった、趣がある

・量的・空間的因子(第U因子)

広がりがある、迫力がある、

生き生きとした、のびのびとした、

音量感がある、豊かな、響く

・明るさ因子(第V因子)

明るい、軽やかな、華やかな

・柔らかさ因子(第W因子)

柔らかい、歯切れの良い

 


 

 

3)音色の表現語に階層構造は存在するか

              上田和夫(京都大学文学部心理学研究室)

【要旨】

 音色の表現後に階層構造が存在するかどうかを調べるための手がかりを得ることを目的として質問紙法による心理実験を行った。114語の音色表現語について、その使用頻度を7段階尺度で166名の被験者が評定した。主観的評定の結果に基づき、114語の中から50語が選択された[実験1]160名の被験者がこれらの表現語の主観的印象を次の四つの尺度、1)具体的‐抽象的、2)単純‐複雑、3)客観的‐主観的、4)表現された音色を想起することの困難さ、により評定した[実験2]。また、表現された音色の類似性を分類法により測定した。結果を多次元尺度法クラスタ分析により分析した[実験3]。分析結果から、音色表現語の階層構造が解釈された。本研究は人間の音色知覚機構について更に研究するための基礎となるだろう。

【まとめ】

 本研究の大きな特色は、音色の表現語について、階層構造という観点から分類を行った点にある。ただし、現象記述的な方法によった研究である、という点では、従来の研究と同じ欠点を持つと言える。すなわち、上に述べた音色知覚のメカニズムについての考察はあくまでも著者の解釈であり、本研究の実験結果が直接これを裏付けているわけではない。音色表現語の階層構造を直接証拠立て、音色知覚のメカニズムについてより具体的な考察を行うためには、物理量から心理量に至る機能連鎖を定量的に調べる必要がある。これは今後に残された課題であり、本研究はそのための足がかりを作ったと言えよう。

 最後に本研究の一般性について考察する。本研究では実際の音刺激は一切使わず、質問紙のみによって実験を行った。従って、表現語を見て被験者が想起した音が、実際にはどのようなものであったからを知ることはできない。また、被験者を表現語と音との連合が安定して成立していると考えられる、比較的音楽経験の豊富なものに限定した。これらは本研究の一般性についてマイナスの要因であると考えられるが、

(a)刺激音を用いないことで、かえって刺激音の変化範囲に限定されずに、被験者が日常経験する音感覚に基づいた判断がなされたものと考えられること、

(b)実験2で被験者が所属、専攻別にグループ分けして行った分析結果、グループ間に大きな差が見出せなかったこと、

(c)実験2MDS分析の結果解釈された次元が、過去の研究と対応のつくものであったこと、

(d)被験者を多めに(160名前後)取ったこと、

から、被験者がやや特殊であった可能性を除けば、本研究の結果の一般性は十分大きなものであると考える。

 

【参考】

[1] 多次元尺度法(MDS):個体間の親近性データを、2次元あるいは3次元空間に類似したものを近く、そうでないものを遠くに配置する方法で、データの構造を考察する方法である。

[2] クラスタ分析(クラスタリング):教師無し分類の代表的な手法で、まだ分類されていない対象を似たもの同士からなるいくつかのグループに分類することを目的とする。

 

 

3. まとめ

今回の報告により、音や音場を評価する言葉がすでに分類されており、あまり数がないことがわかった。これらの実験結果を使用することによって我々の行う実験が、それ程長い時間をかけて行わずにすむことが予想される。

では、実際にどのような実験を行うかは下記に例として示す。

1)分類された音場を評価する言葉は、どのような音(波長や音色といった特性)で表現できるか。また“広い+3”と数値化した情報は、人の知覚特性上どのような音が適切なのかを検討する。この実験は6畳一間を音によって表現できる可能性がある。

2)台本がある映画を見て文字情報と映像情報の特性を理解すると共に、お互いを変換した際、同一情報を想起できるように特徴量を推定する。この実験は映像に使用されている音と場面に着目し、それをどのように文字情報に置き換えるか、またどのように文字情報から音情報に変換するかが論点となる。